あとは頼みます。

ここまでは考えたので…

【読書】反応しない練習

【本の読書記録パート4】 「反応しない練習」 
 
嫌われる勇気の「他者に反応しない」ことについて、その方法論を教えてくれている良書でありました。Kindle版で。

 

要約

すべての「苦しみ」は、自分が「反応する」ことから始まっている。それを理解することが、悩みを解決する第一歩である。原始仏典を紐解きながら、現代人の人生に活かせる合理的な考え方を学ぶ。

 

内容

【生きることには「苦しみ」が伴うことを自覚する】
私たちはこれまで「漠然と悩んでいる」状態を生きてきた。仏陀の教えでは、生きる事には苦しみが伴うという事実を受け入れるのではなく、ただ苦しみは「ある」と理解する。苦しみを無くそうとせずに、まずは「ある」ということを自覚する。これから先もずっと「ままらない現実」はいつも傍にあり続ける。仏教の世界では苦しみの原因は「執着」にあると考えている。そして、その執着以前に悩みを作り出しているのが「心の反応」である。ついカッとなって人間関係を壊してしまう。大事な場面で、緊張して能力を出せずに失敗する。すべての悩みを根本的に解決できる方法は、「ムダな反応をしない」ことである。
求める心を仏教の世界では「渇愛」と表現する。渇愛=求め続けて、いつまでも渇いている、満たされない心のこと。「心とは求め続け、それゆえに渇き続けるもの」と理解すると、不思議なことにその渇きが安らぎ、肯定が可能となる。
心の苦しみの正体をきちんと理解する。日常に戻ると再び、「なぜか分からないけど、腹が立つ」状態に戻ってしまうときは、反応を作り出している欲求を客観的に見守るという姿勢を持つ。
 
【相手のことを判断をしない】
判断する心には、わかった気になれる気持ち良さと、自分は正しいと思える(承認欲求を満たせる)快楽がある。人は判断する事が大好きである。しかし、その「判断の快楽」に執着していては、悩みが増えるばかりである。好き嫌いの人物評をしている自分に気付き、「世間にはこういう人間もいるが、私はこうしよう」と思うこと。また、「自分が悪い」という判断もしないこと。
厄介な相手と同じ反応を返せば、相手との反応の応酬となり、「自分の心を失う」こととなる。また、過去を引きずるというのは「記憶に反応している」状態である。その場を離れても相手のことが頭から離れないのはその原因は「相手」ではなく、「記憶」である。また、人間関係の中で顕著に現れるのは「承認欲」である。だが、人の評価は確かめようがない。確かめようがないことは追いかけない態度が重要。ただ、自分自身の「人生の目的」を見つめることに努めなさい。
 
【別の感覚に意識を向けて快を増やす】
悩みはいつも「心の内側」に生じる。悩みを解決するにはカラダの感覚に意識を向ける。心の反応は、快を素直に感じ取るように努めていると、よりはっきりと幸福を鮮明に感じ取れるようになる。幸福も心がけ次第で増やすことができる。快を感じられるように環境を改善していく。
目を閉じて、心を静めてクリアになった状態で目を見開く。反応をリセットしたら、勢いをつけて作業に専念する。取り組むときは「無心」でやると、集中による充実感と喜びが得られる。
 
 
感想

超ネガティブ思考である私。
反応している自分に気付き、生活している中のほとんどの時間をマイナス思考と向き合っていることに気付いた…本当に人生損している…絶対に損してる。私はそのマイナスの刺激に対して自分から近づき、自らの手で苦しんでいる。人によっては理不尽な言葉を受け取らずにさっと流してしまう人もいるはず。言ってることは絶対的に向こうがおかしいことも多いけど、それをいつまでも気にしてしまう私も私よ。
 
【3つのステップを実行】
①マイナス思考や過去の記憶に反応している自分に気付く。反応したことを口に出して自覚する。
②マイナス思考をただ「ある」ものとして観察する(受け入れず、無理に離さない)
③別のことに意識を向けて、夢中でやる。
 
快(幸福)に目を向けて、今にトキメク楽しい人生を作っていく。ネガティブなのは言い換えれば現実をきちんと見てるってことでもあるから、億劫にならないようにしようとおもった訳よ。
 
私の場合は特に目を閉じているときに、マイナス思考の連鎖が始まってしまうことがある。まず反応している自分に気付き、少しずつ快の思考へシフトチェンジする訓練をしていきたい。
 
終わり。